今日の本182(傷痕)

おはようございます。今日から仕事始め、と言う方も多いのではないでしょうか。お正月休み長かったぁ・・・、長期休みの後の初出は、体が慣れずキツイですね。徐々に日常に戻していきましょう。
今日の本は、桜庭一樹さん、傷痕、です。キング・オブ・ポップと呼ばれた世界的ミュージシャンのお話です。
#kokkoさんの今日の本 #桜庭一樹 #傷痕

【魔法みたいだろ!】
ある楽園に仮面をつけた少女がいた。
その素顔を知るものはほとんどいない。
名前は傷痕(キズアト)。
その楽園に父親と二人で暮らしていた。

パパの死はとつぜんのことだった。
いつもと同じように、
「おやすみなさいキズアト」
と微笑んで頭を撫でてくれると、静かにわたしの寝室を出ていったのだ。
いつも通りの楽園の夜だったのに。
逝ってしまったばかりのパパの気配が、楽園のそこかしこにまだみっちりと染みついていた。
パパ・・・。
わたしの親はあの人だけで。
そしてあの人は今夜どこかに去った。
世界中がどういおうが、私にとってあの人はパパ以外の何者でもない。

キング・オブ・ポップ。
あの人はそう呼ばれた。
たとえあの人を好きでもそうでなくても、この国にいる限り、
あの人の歌だけは何十年もの間、問答無用で街中に流れていた。
誰もが認める”まるでメジャーな神のような”スターは今後決して出ないだろう。
だからみんなあの人を惜しむ。
この国で最後のビッグ。
あの人の死で世界の終末時計が五分進んだ。終末の六分前になった。

あの人は幸せだったのだろうか。

アメージング!!
魔法みたいだろ!!

笑う声が、風に乗ってどこまでも聞こえてきそうだった。
目を、閉じる。
彼岸から響く、弾けるような笑い声が持つ、若さと輝き、永遠の青春。
あの人は愛されて生まれて、夢をもって生きて、愛されながら去った。
あの人はうつくしい人生を送った、そう思いたい。

人は自分を基準にして物事を判断する。
善良な人は、あの人の優しさや善意を真っすぐ信じる。
そして不幸には同情してくれる。
心の奥に悲しみや怒りを多く溜めている人は、
あの人の姿に自分の翳を投影して、悪だと糾弾しようとする。

それでもあの人は、そんな人たちにも、
音楽を、
優しさを、
日々の辛さを忘れさせるファンタジーを、
あくまで提供しようとした。
幼いころからスターだったあの人。
エンターテイナーとして輝きつづけ、長い道を駆け抜け続けた。

うつくしくて色とりどりの自然にあふれた孤島のような存在だった。
誰もが見とれて、憧れるけれど、
かといって、深く足を踏み入れることは決してない場所だ。
世界地図には見当たらない、幻の島。

あの人のいない世界に、新しい世界地図をつくる。
みなが、それぞれの旅に、出なくてはいけない。
大切な誰かとともに作るであろう、秘密の地図。
新しい世界をたくさん歩き回って測量し、
新しい地図を作り上げる、勇敢さと力を。
全てのヒトに、天よお与えください。

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