LFORT BLOG

2020年5月21日

今日の本19(明日の子供たち)

おはようございます。コロナも落ち着き、ランドセルを背負って学校へ向かう子供たちがちらほら見かけられました。時差登校や日程ずらしての登校など工夫されているようですね。九月入学も五年間かけて変えようという動きもあったりで、いろいろ大変です。大人も大変ですが、子供たちも大変だったりするんです。今日の本は、有川浩さんの、明日の子供たち、です。親には言えない、心の奥にしまいこんでしまっている、子供たちの叫びが、綴られています。実際に施設にいた女の子が有名な作家さんに手紙を出して、児童養護施設の実情を書いて欲しいと頼みできた本です。偏見な目で見がちな施設、読めば180度世界が変わって見えるかもしれません。
#明日の子供たち #有川浩 #幻冬舎文庫

児童養護施設 に転職した慎平、あるドキュメンタリー番組を見て、親でもない赤の他人である先生が結婚するので退職する日に施設の「可哀相な子どもたち」が行かないでと大泣きするシーンに感激したのが転職した理由だ。新米で右も左もわからない中、施設の子供たちとぶつかり合い自分の偏見を認め修正し職員として成長していく物語である。
実際施設にいいたという女の子が、世間の児童養護施設への間違った見解を正したいと思い、有名な作家さんに自分たちの境遇を手紙に書いて出して、それを本に書いてもらえたら、きっと沢山の人に読んで貰え自分たちの本当の思いが沢山の人に届くはずだという思いから、この物語は産まれた。
ちゃんと取材され現場を見たりされたんだろう、リアルに書かれている。
児童養護施設はエンターテイメントのニーズ的に孤児院=天涯孤独可哀相な子供などのイメージが植え付けられている。そういうキャラクターの方が受けたり物語が進めやすいなどがあるのだろう。たくさんの人がこの本を読んで、それを少しでも現実の方へ軌道修正できればいいなと思う。
児童養護施設にいれば、きちんと3食食べれて、温かい布団でゆっくり眠れ、学校にもちゃんと行けて、規則があってもその規則は親の気まぐれでコロコロ変わることはないし、そして何より安全だ。身の安全を精神の安全を確保できる。元いたリアルはそれよりずっとずっとヘビーだ。それ以上何を望む?可哀相?むしろ幸せだろう。
暴力の嵐の中、いつ降りかかるかわからない、息さえできずできうる限り存在を消し、嵐の合間の静寂にひっそりを息をする。生きるため何でもする。子供は親を選べない。「子供は親の所有物」。それが全てだ。生きるすべを持たない子供は親が神に等しい。神に逆らうこと、それは死を意味する。施設に入りたいと切実に思っている子もいるはずだ。捨ててほしいのに親が自分を捨ててくれない、誰かに喋ったら殺される。殴られても泣けばよけいに神経をさかなですることになり更に痛目にあう、だから声も自然とでなくなる。結果近所にも気が付かれない。もちろん保護もしてもらえない。
本当に痛いときは痛すぎて声すら出ないものだ。声が出るならそれは大した傷ではない。
暴力に怯えず普通に平穏に生活できることがどれだけ幸せか、どれだけそれを望んでも、逃げ出したら妹に暴力の矛先が行くから逃げることすら許されない、負のループ。ひたすら感情を殺し二十歳をすぎるまで耐えれば親の育児義務はなくなり所有物ではなくなるからと、時が過ぎるのを待ち続けた二十年。やっと解放された‥でもそのときにはもう本当に泣きたいときに防衛本能からか笑ってしまう癖が抜けなくなった。長すぎた二十年だった。
世間の意識が変わり、ちょっとした躾も虐待と認識される時代になった、それくらいで?ホントびっくりするくらいのことで大騒ぎ。今だったら昔の躾は刑務所行き確実ではないか、ああ、でも時効なのか、証拠もない、本人たちは都合のいいようにきれいさっぱり忘れている、美化された過去が出来上がっている、立証は不可能、悲しすぎる現実だ。
今の時代にモラルのある時代に産まれたかった。二十年、遅く産まれたかった。心からそう思う人も多いだろう。
良かったこともある。ほんとに些細なことで幸せだと思えること。十分満足してしまうこと。雨風を凌ぐ屋根があり壁があり床がある家の中にいることができること、中古でも着る服があり、ありあわせでも飢えることなく毎日食べるものがある。それだけで物凄く贅沢だと思えること。物がありすぎる時代でそう思えることは、幸せなのだろうと思う。

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